【報告@檜原村】12/13 ほんものの自給自足生活が教える暮らしの豊かさ・NPO法人さとやま学校・東京

2025年度のろうきん森の学校では、キラリと光る活動を行う関東近郊の団体にお声かけし、支援団体である労働金庫連合会職員が参加できる単発プログラムを展開しています。

2025年度はNPO法人さとやま学校・東京さんとのご縁が実り、2025年12月13日(土)にろうきん職員向けプログラム「檜原村へ行こう!里山の食文化体験 雑穀もちをつくろう」が実施されました。


2025年度は関東近郊のろうきん職員が参加できるプログラムを集中発信!

10月には、広島地区・NPO法人ひろしま自然学校のみなさんが渋谷区・国立オリンピック記念青少年総合センターに出張。「大人のリトリート・デイ」を実施しました。
【広島地区】自然環境が引き出す、「わたしの中の自然」体験【東京】

12月には、岐阜地区・NPO法人グリーンウッドワーク協会のみなさんが千葉県印西市・北総花の丘公園にて、草木染めプログラムを実施しています。
【岐阜地区】自然の色と自由なかたちを、布に広げていく【千葉・印西市】

関東近郊の職員が各地区のプログラムに参加しながら楽しめる旅の提案もしています!
【週末おすすめ旅】人々の手がつむぐ稲穂と里山の風景に思わず時間を忘れる、新潟・上越後(かみえちご)の旅【1泊2日】

東京都内には8つの村があります。うち7つは太平洋に浮かぶ島々。残るひとつが今回の森の学校の舞台、東京都の南西部に位置する檜原村です。村のほとんどが秩父多摩甲斐国立公園内にあると聞くと、その自然の豊かさがご想像頂けるでしょうか?

その檜原村に昭和61年(1986年)まで子どもの声が響いていた、旧藤倉小学校が今回のフィールドです。

学校は地域の願いで設立された共有財産であり、地域のシンボルでした。

NPO法人さとやま学校・東京は、この旧藤倉小学校校舎と縁を得た地域内外の人の思いを束ねて2017年に生まれました。檜原村・藤倉自治会との信頼関係のもと、2020年からリノベーション工事を開始。2020〜2021年にかけて多くのボランティアの手弁当で外壁の塗装や内装工事が進められ、現在は環境教育や暮らし体験の拠点として、また一棟貸しの宿泊施設やコミュニティカフェとして活用されています。ー 校舎改修とこれから

かつての音の風景が蘇る鐘。
そこここに学校のなごりが残ります。
古いままではなく、新しさを織り交ぜたリノベーション。
元職員室はコミュニティカフェに。

並々ならぬ情熱で進められた藤倉校舎の再生。なぜ、小学校のなごりを消すまいとこんなにも多くの人が願い、集うのでしょう。今日のプログラムにそのヒントがありそうです。

理事長の川上玲子さん。
なんとこの日のメンバーは、全員村外から通ってきています。
スタッフ(DIY担当)の黒江昇三さん。
スタッフ(農業担当)の松浦遼太さん。
スタッフ(食文化担当)の菅原初芽さん。

NPO法人さとやま学校・東京のみなさんが準備を進める中、続々と今日の参加者のみなさんが到着します。

檜原村は八王子市街地から車で1時間ほどで着くのですが、ここ藤倉地区は急斜面のため道幅が狭く、マイクロバスでは小学校まで入ってくることができません。みなさんはバスから降り10分程歩いて会場に到着しました。(本当にお天気で良かった…!)

このアクセスの困難さはもちろん気軽な参加を阻むものですが、これが檜原村・藤倉地区の暮らし文化を作ってきた最大の特徴でもあるのです。

さっそくプログラムスタート。
川上さんによる、藤倉地域の暮らしの解説。

NPO法人さとやま学校・東京のみなさんが栽培・収穫した農作物。見る人が見れば、ここがどれほど厳しい土地かがわかるでしょう。並べられたのはアワ・タカキビ・コムギなど。今でこそ、高い栄養素を含むスーパーフードとして注目されていますが、かつての日本では水田が作れない厳しい土地で作る作物でした。

これらの「雑穀」とイモ類が、昔のこの地区の主食でした。養蚕や炭の生産など、換金力のある産業があったからこそこの地に住む人がいました。しかし2025年でも車1台通るのが精一杯の道しかない土地です。気軽に米を手に入れることはできませんでした。電気が開通したのはたった60年前の昭和30年代。いま80代の方が生まれたとき、まだ電気がなかったのです。

ほんものの自給自足が、最近までこの地にはありました。暮らしのすべてを自給と地域の共助で作る暮らし。小学校ですら地域の共有林を売って自力で創ったのです。

左手奥からアワ、タカキビ。右手奥からコムギ、ヒエ。一番手前がキビです。
藤倉校舎のすぐ脇には、人が乗車できるモノレールが山中に伸びています。
今も、徒歩かモノレールでしか行けない家や畑があるのです。

日本でいちばん高度に生活が整っている東京都にこのような暮らしが残っていることが、いま、大きな意味を持ち始めています。生活インフラすら自給しつつ暮らしと文化を豊かに紡ぐ、自治と生活技術の活きた背中としての価値です。

藤倉地区で川上さんたちが栽培・収穫した農作物。
説明のあと、川上さんが案内するのは…
学校のわきの崖の下。
なんと、さっきの農作物はこの崖下の畑で作っているのです。
ネットは獣害対策。
畑の下の河原から見上げたところ。
あのカーブ橋と同じ高さに藤倉校舎はあります。

川上さんは「ここはタテ社会ですから」と笑いながら案内して下さいました。藤倉地区の日常とは、垂直方向の移動を意味するのです!

川向こうに、車が通行できる道路があります。
農作業の道具や収穫物を少しでも楽に運ぶために、手動のゴンドラを渡しています。

とはいえNPO法人さとやま学校・東京のみなさんが伝えたいのは苦労話ではなく、この地に暮らす喜びです。
急な崖を登り返して藤倉校舎に戻り、みなさんが体験するのはタカキビの脱穀。スタッフの松浦さんが、いくつかのやり方を準備して待っていてくれました。

タカキビ。桃太郎のきびだんごのキビとは違う種類です。
小さな臼と杵で搗く方法。
縄を巻いた板や洗濯板で揉み取る方法。
むしろの上で、棒で叩く方法。

崖を上り下りして、栽培の苦労を知ってしまったみなさん。つい「もったいないから全部の実を取ろう」と一生懸命になるのですが…無情にも、中身がほとんど無い「粃(しいな)」としてふるい分けられてしまいます。

穀物の選別に使う、手動の「唐箕(とうみ)」。
風の力で軽いカラと重い実を分けます。

校庭の片隅では「箕(み)」という竹の道具を使い、カラと実の選別にチャレンジする輪ができていました。
先ほど使った「唐箕(とうみ)」はいわば高級な高性能機械。だれでも持てるものではなかったので、昔の暮らしでは箕を使っていました。

川上さんがお手本を。
上手!
落ちないように空中に放り、カラだけ落とします。
いよっと
ほいっと
難しいけど楽しい!思わず笑顔に。

ここで、お昼の休憩に。なんとNPO法人さとやま学校・東京のみなさん心尽くしの、手作り野菜と手作り味噌のプレートランチです。檜原村では煮物を醤油とワサビで食べる人もいるんですって。

滋味あふれる野菜のおかず。
身体に染み渡る美味しさです。
ストーブで暖められた室内でくつろぐ昼休み。
なんだか昔から知っている場所のような気がしてきます。

午後はいよいよ、脱穀したタカキビをモチ米に混ぜ込んだお餅つき!お昼の間に黒江さんが直火のかまどでモチ米を蒸かして下さいました。

現役のかまどとお釜を見るのが初めての方も多いのでは。
蒸かし具合を見て…
臼(うす)へ運びます。
立ち上る湯気と香り。
すでに気持ちがワクワクします。

ここからいよいよ、臼(うす)と杵(きね)でのお餅つき!川上さんと菅原さんが返し手(かえして・まんべんなく搗けるようひっくり返す人)をしてサポート。今日初めて会った人も居るなかで、不思議な一体感と笑顔がみなさんを包みます。

まずはモチ米が熱いうちに、杵(きね)で潰します。
経験者は全身で潰していきます。
やってみたい!と小さいからだで挑みます。
初めての杵の重さ!
なんとかぺったん!
振り上げられる猛者もいる!
合いの手を入れる、周りも笑顔に。
仲良し姉妹で、上手に搗きました!
搗き立てのタカキビ入りお餅を、あんこやきなこで頂きました。

お餅つきを通じて、この奥深い地で人が生きた歴史と雑穀の結びつき、そしてどんなに環境が厳しくとも人が集って手を動かし、食を囲むことの温かさを感じたこのプログラム。時代が変わっても変わらないものが、参加したみなさんの胸に残ったのではないでしょうか。

まるでふるさとのような温かさに、名残を惜しみながらみなさんは藤倉校舎を後にしました。またね!

NPO法人さとやま学校・東京では、藤倉校舎への一棟貸しの宿泊を随時受け付けています。宿泊利用
宿泊は素泊まりですが自炊施設を設けているほか、団体向けに里山の食体験プログラムも別途受付ています。日帰りでの申込も可能です。 みんなで作る里山料理
その他、多彩な里山体験プログラムが用意されています。デイキャンプ、音楽の練習、遠足の休憩などに、施設の日帰り利用も可能です。

取材:ホールアース自然学校 山本由加